「愛されたい」の正体は、「存在していい」という許可

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はじめに

「愛されたい」という気持ちは、とても個人的で、同時にとても普遍的です。
誰かに必要とされたい、選ばれたい、そばにいてほしい。
けれど、この言葉を深く見つめていくと、多くの人が求めているのは
愛そのものではなく、「ここにいてもいい」という許可なのではないか、というところに辿り着きます。

空寧では、「愛されたい」を欲望として否定しません。
むしろ、その奥にある静かな願いに、そっと耳を澄ませていきます。


愛されたい、という言葉が生まれる場所

「愛されたい」と感じるとき、人はたいてい孤独です。
一人でいるからではありません。
人に囲まれていても、仕事がうまくいっていても、
どこかで自分がこの世界に溶け込めていない感覚を抱いているときに、この言葉は現れます。

それは、「もっと構ってほしい」という表層の話ではありません。
心の奥では、こんな問いが横たわっています。
私は、何かを成し遂げなくても、ここにいていいのだろうか。
役に立たなくても、魅力的でなくても、存在していていいのだろうか。

この問いに、自分で「いい」と答えられないとき、
人は誰かに代わりに答えてもらおうとします。
それが「愛されたい」という欲求の正体です。


性愛は、存在確認の最も原始的な形

性愛は、しばしば誤解されます。
欲や快楽、依存や執着の象徴のように扱われがちです。
しかし、空寧の視点では、性愛は存在確認の行為です。

触れられること。
求められること。
身体ごと受け入れられること。

それは、「あなたはここにいる」「あなたは実在している」という
言葉を使わない確認です。

だからこそ、心が満たされていないときほど、
人は性愛に強く惹かれます。
それは快楽を求めているというより、
自分が消えていないことを確かめたいのです。

問題が起きるのは、
性愛が「存在していいという許可」を得る唯一の手段になってしまったときです。
そうなると、相手の反応一つで、自分の価値が揺らぎ始めます。


愛されることでしか、存在を許せなかった過去

多くの人は、無意識のうちに条件付きの世界で育ちます。
いい子でいること。
期待に応えること。
成果を出すこと。

そうすることで、安心や承認を得てきました。
その延長線上に、「愛される自分でいなければ、存在してはいけない」という感覚が生まれます。

すると大人になってからも、
恋愛や性愛の中で同じ構造を繰り返します。
愛されていると感じる間だけ、安心できる。
少し距離を感じると、不安でいっぱいになる。

これは弱さではありません。
生き延びるために身につけた知恵です。

空寧では、まずそこに敬意を払います。
あなたは、そうやってここまで生きてきました。


「存在していい」は、愛よりも先にある

「愛されたい」という願いが静まる瞬間があります。
それは、誰かに深く愛されたときではありません。
自分自身に対して、こう言えたときです。
私は、理由がなくても、ここにいていい。

この感覚は、最初はとても頼りなく感じます。
何の保証もなく、誰の評価もありません。
それでも、この許可が内側で育ち始めると、
愛や性愛の質が変わっていきます。

愛されることで自分を保つ関係から、
分かち合う関係へ。

性愛もまた、証明の場ではなく、
触れ合いそのものを味わう場へと変わっていきます。


おわりに

「愛されたい」という気持ちは、恥ずかしいものではありません。
それは、「存在していい」と言ってほしかった、
あなたの静かな叫びです。

UBUSUNAカウンセリングでは、
あなたの「しんどさ」を丁寧に紐解き、
感情・環境・魂の3つの視点から、一緒に整えていきます。

・気持ちの整理がうまくできない
・しんどい理由が分からない
・本音と建前のズレに苦しくなる
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そんな方が、安心して力を抜ける場所です。

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空寧がお待ちしております。

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