――感じていないのではなく、感じない場所に立っているだけかもしれない
「何も感じていない」わけではない人たちへ
「悲しいはずなのに、涙が出ない」
「怒っていい場面なのに、何も湧いてこない」
「楽しいと言われても、実感がない」
こうした感覚を抱えている人は、少なくありません。
それでも多くの場合、この状態は“問題”として扱われにくい。
なぜなら、
・感情的に取り乱さない
・冷静で落ち着いている
・場の空気を壊さない
そう見えるからです。
HSPのように「感じすぎてつらい」人とは逆に、
「感じていないように見える人」は、
むしろ“大人”“安定している”“成熟している”と評価されがちです。
けれど、本人の内側では、
「自分が何を感じているのかわからない」
「感情がどこから来ているのか辿れない」
そんな静かな戸惑いが続いていることがあります。
これは感情がないのではありません。
感情と自分のあいだに、距離が生まれている状態です。
この状態を「感情鈍麻」とも、「切断」とも呼びますが、
それは壊れた状態ではなく、
かつて必要だった“生きるための在り方”が今も続いているだけなのです。
感情が切り離されるとき、人は強くなる
感情がわからなくなる背景には、
多くの場合「感じすぎることが許されなかった時間」があります。
・感情を出すと迷惑になる
・泣いても助けてもらえない
・怒りを出すと関係が壊れる
・弱さを見せると否定される
そうした経験の中で、人は学びます。
「感じないほうが、生きやすい」
「感情は後回しにしたほうが安全だ」と。
このとき起きるのは、
感情そのものが消えることではありません。
感情を感じる回路を、一時的に閉じることです。
それは決して間違った選択ではありませんでした。
むしろ、とても賢く、合理的で、
その時代を生き抜くために必要な適応でした。
だから、感情がわからない人は、
たいてい「ちゃんとやってきた人」です。
・期待に応え
・役割を果たし
・問題を起こさず
・自分より周囲を優先してきた
その結果として、
「今、自分がどう感じているのか」が
少し遠くに置かれただけなのです。
感情鈍麻とは、
弱さではなく強さの副作用とも言えます。
感情は「探すもの」ではなく「戻ってくるもの」
感情がわからなくなると、
多くの人は「もっと自分の気持ちを感じなきゃ」と焦ります。
けれど、空寧ではこう考えます。
感情は、無理に探しに行くものではない。
感情は本来、
安心と余白が生まれた場所に、自然と戻ってきます。
大切なのは、
「何を感じているか」を言語化することよりも、
「感じなくてもいい自分」を許すことです。
・わからなくてもいい
・今は空白でもいい
・鈍い自分を責めなくていい
そうやって、自分に圧をかけるのをやめたとき、
ふとした瞬間に、小さな感覚が現れます。
たとえば、
・少し疲れている
・なんとなく居心地が悪い
・今日は静かでいたい
それで十分です。
大きな喜怒哀楽でなくていい。
微細な違和感や好みこそが、
感情が戻る入口になります。
感情は、
「思い出そう」とすると逃げ、
「待っていていい」とすると近づいてきます。
感じないあなたは、間違っていない
HSPの世界では、
「感じる力」は長所として語られます。
一方で、
感じない・わからない・動かない人は、
どこか欠けているように扱われることがあります。
でも、空寧ははっきり言います。
感じないあなたは、間違っていません。
あなたはただ、
感じるよりも先に、
考え、耐え、守り、整えてきただけです。
感情は、
取り戻すものではなく、
信頼が育ったあとに、自然と戻ってくるものです。
だから今は、
「感じられない自分」を治そうとしなくていい。
・今日をちゃんと終えた
・誰かを傷つけなかった
・自分を壊さずにいられた
それだけで、十分に生きています。
感情がどこから来ているのかわからないとき、
それはあなたが空っぽなのではなく、
まだ静かな場所に立っているだけ。
その静けさの中で、
感情は、いつか必ず、
あなたのほうを向いて歩いてきます。
UBUSUNAカウンセリングでは、
あなたの「しんどさ」を丁寧に紐解き、
感情・環境・魂の3つの視点から、一緒に整えていきます。
・気持ちの整理がうまくできない
・しんどい理由が分からない
・本音と建前のズレに苦しくなる
・誰にも話せないことがある
そんな方が、安心して力を抜ける場所です。
まずは、あなたのペースでお話ししてみませんか?
“今できる最初の一歩”として、短い相談でも大丈夫です。
無理に話さなくても構いません。
整理できていなくても大丈夫です。
今のあなたのままで、いらしてください。
オンラインでのご相談も可能です。
下記の予約ページより、ご都合のよい時間をお選びください。
空寧がお待ちしております。




